『祈祷』とは、『祈願』あるいは『祈念』ともいい、神さまのご加護を頂けるように願い求めることです。
ご祈祷の内容は人生の通過儀礼や年中行事に関わりのあることなど、多種多様であり、人それぞれの事情によっても変わってきます。
一般的なものでも、

  • 合格祈願
  • 学業成就
  • 成人奉告
  • 就職祈願
  • 良縁祈願
  • 厄除祈願
  • 家内安全
  • 商売繁昌
  • 車祓交通安全
  • 旅行安全
  • 病気平癒
  • 身体健康
  • 安産祈願
  • 心願成就
  • 社運隆昌
  • 事業繁栄
  • 工事安全
  • 神恩感謝

など、たくさんありますが、神社のようにその場で簡単に済ませるものではなく、
その内容によっては何日も何ヶ月も続けてお祓いやご祈祷をすることもあります。

この他にも、それぞれの事情に合わせたご祈祷やお祓いなどをします。
細かい内容や目標などを聞いて丁寧に行います。

 

 

鑑定料金へ

1.お祓いのイメージ


『お祓い』と聞いて皆さんが想像するのは、神社に行ってご祈祷を頼むと、神主さんが出て来て祝詞(のりと)を拝んでくれる・・・と、こんな風景ではないでしょうか。

小説や漫画、映画などの超能力的なものを想像する方もいるのではないでしょうか。
つまり、『お祓い』には、日常とは少しかけ離れた特別な事というイメージがあるのかもしれません。
 
しかし、本当の意味での『お祓い』というのは、きれいにする行為、『不浄』を払うという行為なのです。
お部屋を掃除するのと同じ、お部屋の埃をとってあげるように心や身体についた『不浄』をきれいにすることなのです。
 
そう考えると、決して難しいものでもないし、特別な行為でもないのです。
誰にでも出来るし、いつでも出来ます。必要なのはきれいな状態を保ち続けたいという気持ちだけです。
ただし、自分では簡単には出来ないのも確かです。お祓いも、突き詰めれば奥が深い神秘の世界なのです。

2.『お祓い』と『おまじない』


では、お祓いと似た言葉に『おまじない』というのがあります。お祓いとおなじないは同じ意味なのでしょうか?

また、ご祈祷をお願いする時に、神社とお寺では呼び方が違います。
例えば、神社では、『厄払い』、お寺では『厄除け』。

このようにお祓い似た言葉や行為は様々です。実際同じことなのでしょうか。
 
歴史的な流れを説明すると長くなりますが、簡単に説明すると、お祓いは陰陽道が専門としていたものが、『神道』『仏教』『道教』が混ざり、科学的側面を持ちつつも、生まれて来たのですが、突き詰めていくと、日本の宗教観の根本にまで行ってしまうのが『お祓い』です。

 

3.『お祓い』は穢れ(汚れ)清めるため


では話を『お祓い』に戻しましょう。
最初にも述べましたが、『お祓い』は実に簡単なこと。いわゆる『払う』という言葉の意味とほぼ一緒だと思って下さい。

つまり、余計なもの、邪魔・不要・無益なものなどを、取り除く。除去する。振り払う行為。
お祓いは穢れ(汚れ)を清めるための行為なのです。

『浄化』と同じです。まさに色々な不要なもの、邪魔なもの、害をなすものをきれいにしていきます。
 
お正月に初詣をしない人は少ないと思います。この行為もひとつの『お祓い』の行為なのです。
『お祓い』は日本人の歴史上、文化や宗教的観点からも、もっとも身近なことなのかもしれません。

4.お金を『払う』ことも『お祓い』


財物を差し出す行為は贖い(罪や過ちの償いをすること。また、そのために差し出すもの。つぐない。)に通じていて、知らずに犯してきてしまった罪を清める行為だと考えられています。

神社でのお賽銭もそのひとつですが、もっと簡単な『お祓い』は、人に奢ることだとも言われています。

祝い事や行事などで、屋根から餅や小銭を投げつける光景をみたことがあると思いますが、あれはとても良い『お祓い』の方法で、厄を細かくして投げ捨てているのです。

この『お祓い』の面白いところは、それを拾った人は厄をもらってしまうのではなく、拾った側にとっては『福』に転じるというところです。

 5.福と厄は表裏一体


福は厄の裏面という側面をもっています。つまり他人を幸せにすることが『お祓い』になるとも考えられています。

だれかに食事を御馳走したりするのも、自分の厄を他人の福に転じる行為なので、ちゃんと『お祓い』になるのです。
 
お賽銭も同じことです。祓い捨てた厄を神仏に預かって頂くという意味があるのです。

『お祓い』というのは自分自身から行動を起こすことによって、いつでも出来る積極的な行為なのです。

一方、お寺の場合は『お祓い』ではなく『厄除け』などと言いますが、これは『お祓い』よりもやや消極的な行為かも知れません。悪いものを祓っていく行為とは反対に、『除ける』、防御するといった意味合いです。

6.『お祓い』はただの迷信ではない


『お祓い』とは自分をきれいにする行為。不浄なもの邪悪なもの、過去の罪などをきれいにすること。
つまり、この行為自体は自分を純粋な状態に持っていくことなので、本来、この『お祓い』で運があがるということはないのです。

しかし、この不浄なものから解放され、心の抱えているものを祓い捨てて解放されたら、自分自身の魂はきっと喜び元気になるはずです。

普通に考えてみて下さい、自分が汚れていたり、汚い格好していたら、気分も沈むし何もしたくならないし、どこへも行きたいと思わないと思います。

心も同じことが言えるのではないでしょうか。
きれいに掃除された心は、行動する元気を与えてくれ、あなたを行動的にしてくれます。そして、きれいになった自分を素晴らしいところへと導いてくれます。

つまり、結果的には『運はあがっていく』ということなのです。

様々な行事への意味には、日本人である我々の感性、文化、自然観、神仏への畏怖(いふ)が詰まっているのです。

ひとつひとつをひもといて、過去を知り、今の自分を浄化し、素晴らしい未来へと向かっていけます。

7.お祓いのアイテムとしての代表、『塩』


この『塩』は、たくさんあるお祓いの道具のなかでも、もっとも身近なものではないでしょうか。
神道では、もともと『塩』そのものは、神様へのお供えであり、それ自体はお祓いには用いないのです。修祓の時に塩湯を用いるのですが、これは海の水としての代替品です。もちろん一般人が、塩水を撒いてお祓いすることは滅多にないはずです。
つまり、この『塩』でのお祓いは神道由来ではなく、日本の文化、精神性、民族性から生まれた方法なのです。ゆえに、昔から宗教を問わず、日本ではこれをお清めとして用いて来ました。葬儀の時に清めの塩が出されるのはその典型です。

日本人にとって、死は一番の穢れ(けがれ)にあたりますが、葬儀ののちに塩を使うのは死者を冒涜している、命の尊厳を傷つけるなどという意見も出て来ています。しかし、これは見当違いで、この場合の祓いは、死者に向けられるのではなく、死に至らしめた『厄』に対して行われる行為です。

古来、日本人は何かの死に接した時に、命の火を消した災厄がまだその辺をうろついていて、人や物に伝染したりすると考え、それを祓うために『塩』を利用したのでした。
血縁者、配偶者などが死んだ時は、他人に迷惑が及ばないように『忌み籠もる』。
死者が穢れ(けがれ)ているわけではなく、自分の身を危険にさらさないこと。また、他人様(ひとさま)に災厄を分けないことが『塩によるお祓い』の本当の意味なのです。

この『お祓い』に用いる塩ですが、精製塩よりは海水を煮詰めた粗塩のほうがいいでしょう。粗塩は即ち海という水から生まれ、火によって作り出されています。水と火は生命の根源です。
人智の及ばない災いを祓うには、同じく人智を超えた原始の力であるこの根源のパワーが相応しいのです。方法も簡単、『ふりかける』だけです。
普段から、何かへんだなぁと感じたり、気分がすぐれないときは家に入る前に行って下さい。

8.『塩』の効果はお祓いと魔除け


『塩』には『お祓い』という効果の他に、『魔除け』としての力があると伝えられています。
そのひとつが『盛り塩』
『盛り塩』の起源は中国であるのは有名な話です。
『真の始皇帝は阿房宮という宮殿に三千の美女を置いた。皇帝は美女を選ぶ際に、牛車に乗って、牛が止まったところに止まることにしていた。ところが、あるとき数日続けて同じ場所に牛が足を止めた。牛が塩を舐めることを知っていた賢い女性が、門口の塩を置いていた為だった。』
この故事から分かると思いますが、もとは、客を呼ぶおまじない、縁起物として定着しました。それがいつのまにか、『塩』が本来の持つお祓いの効果の意味合いが強くなり、魔除けや清浄の目的として一般に広まっていきました。
そう考えると、魔除けの効果は根拠がないように見えますが、実際には『盛り塩』をすると、それをきれいに保つために、すぐに交換したり、周りをきれいにしたりします。そういうことに気をまわしたりするということは、その場所自体がきれいに保たれていくのです。

『お祓い』の根本はきれいにすること。
つまり、この心や精神が『お祓い』の効果を最大限に発揮するのかもしれません。

 

『香』を纏う(まとう)


『香』は不浄を祓い、魂を癒す

ここで言う香を纏うというのは、お香のお話です。
このお香は、仏教を中心とした東洋で育まれていったもので、お祓いや、魔除け等に用いられて来ました。これは、『不浄』は『香』を嫌うとされ、また『香』は仏や死者への供物とされた為です。
仏壇やお墓にお線香を立てるのは、亡くなった方の魂を供養し慰めるため。しかし、昔はこの『香』の芳香は希少性が高く、とても高価な扱いを受けていました。次第に香のセンスを競うようになり、衣服に焚きしめたり、部屋の中で『そらだき』等の習慣が生まれてきました。この嗜好が、香りを楽しみ、鑑賞するものとして成熟していきました。

『香』が心を沈め、浄めるからこそ、身にまとうことが喜ばれた為に、精神的な物に重きを置く日本の文化の中に溶け込んでいったのでしょう。『香』における日本人の尊び方は、世界一と言ってもいいかもしれませんね。
実際、『香』を嗅ぐことで、脳内にはβエンドルフィンが出て、α波の脳波を描くので、香には『お祓い』効果の他に、心を癒す効果があります。
方法は二つ、空間を浄める為に焚くか、自分自身の『浄化』の為に身に纏うかです。仏前に用いる物は決まっていますが、お祓いに用いる物には特に決まりはありません。好きな香りを選んで楽しむのも好いでしょう。
香りと言えば、西洋のアロマがありますが、このアロマには『お祓い』や『魔除け』の効果はあまりないとされています。
日本以外でも、やはり『浄化』の為にハーブなどを焚くところがあります。つまり、『香』でお祓いや魔除けの効果は、焚くことによって出る、香りと煙の二つが大事なのかもしれません。
道具や香りを選んで、楽しみながら実践してみるのもいいかもしれません。

 

 

鑑定料金へ

 

神秘の道具『鏡』


『鏡』は、すべてを映し出し、光を跳ねかえす

その神秘性から、古代より祭具として用いられて来ました。
その昔、姿を映すものは、水面しかありませんでした。それは『水鏡』と言いました。物語の中では、死者を映したり、未来や他の世界を映し出します。水の中には、水の精が存在し、その水の精が凝った好物が『水晶』で、磨いた金属が鏡となります。鏡は現在のように化粧道具の一つとなる前に、祭具として扱われて来たのです。
鏡に映るということは、鏡のむこうに存在するもう一つの世界に、自分の魂をみることであり、真実の姿をみることなのです。

死後、閻魔大王が罪業を暴きだす時に水晶を使うのも一例です。また、ドラキュラが鏡に映らないのも、その身体に魂が入っていないということなのでしょう。古代から宇宙の雛形としてとらえられて来た鏡は、宇宙に例えられて来ました。
卑弥呼の鏡として有名な『三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)』等、銅鏡の裏には宇宙の姿を文様化・図式化した複雑な模様がほとんどです。
天そのものとして認識されていました。

 
三種の神器
日本において、鏡の力は三種の神器として顕されています。
※三種の神器・・・草薙の剣(くさなぎのつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡(やたのかがみ)
八咫鏡は巨大な鏡という意味で、太陽神の象徴とされました。起源は神話の中の『この鏡は専ら我が御魂として、吾が前を拝くが如いつき奉れ』という一節。天照大神(アマテラスオオミカミ)のこの言葉によって、鏡は太陽そのもの、陽の気があふれる神器として認識されました。即ち、陽の気ということは、陰気に勝つということです。
実はこの鏡、単純に部屋においたり、持ち歩いているだけでいい、手軽なお祓いアイテムなのです。
望ましいのは、円形で歪みが無いこと。そして、曇りがないようにすること。持ち歩く鏡にしても、家の鏡にしても埃や指の跡がつかないように気をつけましょう。
風水でも鏡というのは、邪気や陰気を跳ねかえすアイテムですが、唯一、寝室にむき出しで置くのは良くないとされていますが、これは、夢の世界と鏡の向こう側の世界の二つの世界が入り交じって安眠を妨げたり、鏡で反射された邪気が睡眠中の身体に照射されるとされている為です。そういう意味では、家に置く鏡や姿見などは、それなりの注意は必要かもしれませんね。
鏡はお祓いアイテムとして以外にも、占いの道具としてもよく用いられます。昔、貴族達は毎朝、鏡に顔を映して、その日の運勢を占っていました。毎日意識してみていると、その日その日で顔つきが微妙に違うのが分かると思います。特に毎日鏡を見てお化粧する女性は、こういうことに気付いている人も多いと思います。
良い顔のときはその日一日気分も違うし、何となく勢いに乗って良いことがあったりする日が多いのではないでしょうか。逆にくすんでいるときは、気分ものらないので、運気も下がりがちになってしまいます。こういう時は用心していれば大丈夫です。
鏡に映った自分は、真実であり、分身でもあります。それに注意を払うことで、厄を避けていけるのです。簡単方法ではありますが、一日を過ごす指針にするにはもってこいです。
鏡は、その対象に鏡面を向けると、普段簡単に祓いに用いることができます。古墳の副葬品の鏡が外側を向いているのは、魔が入り込まないために置かれています。また、妊婦さんが葬式に出るときに、胎児に障りがないように、お腹に鏡を忍ばせるのもそういう意味合いから来ているのです。
一方、払いとしてではなく、お守りとして持ち歩く手鏡は、自分の姿だけを映すものとして大切に扱って下さい。他人に貸したり、不用意に不浄なものを映してはいけません。万が一割れてしまったときは、身代わりになってもらったと思って、お守り同様の感謝をして、きれいな紙に包んで処分しましょう。
 
鏡は魂を映し出します。
大切に扱えば、運も磨かれて来るのです。

 

 

鑑定料金へ

1.水の惑星、地球の惑星、地球


この地球上の生命は水しでは、存在できません。水は生命の根源であり、きれいに洗い流す浄化の根本でもあるのです。まさに、神様そのものの姿と言っても良いでしょう。
この『水』は、世界中どこに行っても神性を見ない国はなく、宗教的行事において水を用いない国もないのです。海、河川、雨は神として崇められ、その神への供物であるお酒や米は水があって実る事が出来るもの。
『水』は神をも支えているのです。

日本における水の神様は、罔象女神(ミツハノメノカミ)・高龗神(タカオカミノカミ)・闇龗神(クラオカミノカミ)、また、神道、仏教の双方で祀られている弁財天(べんざいてん)等があります。
弁財天が音楽を中心とした芸術を司る女神となったのは、川のせせらぎを女神の楽としてとらえたことから始っています。芸術は情動、無意識から切り離せないのです。これと同じように水もまた、これらに深い関わりを持っています。

2.水は魂そのものなのです


水の神々の多くが蛇の姿をとる事はご存知ですか?
蛇は脱皮するので、再生のシンボルと言われています。また、執念や欲の象徴でもあります。つまり、『水』は命と心、魂を司ると言ってもいいのです。

また、『水』は肉体の生命を維持するには絶対不可欠なものなのです。しかし、生命を育んでくれる水も時には大雨、洪水、津波など、水によって命落とす事もあります。
水は恐ろしくも豊かな、神様そのもの姿なのです。

河川は山の一滴の水から始ります。水は山の霊性を持っています。大気汚染で汚れた雨も、山を通ると浄化され清らかな水に生まれ変わります。水は自分自身を傷めて穢れを飲み込んでくれるのです。
このようなとてつもない存在である『水』は生きる事から切り離せない『命の水』のです。

3.『水』は祓いにも使える


水をたくさん飲むと代謝が良くなると言われていますが、代謝の悪い人は、本来排出されなければいけない穢れが溜ってしまっていると言えます。
水を飲む事によって、命がつながるのと同時に、そういった滞りを洗い流してくれる『祓い』の行為とも言えるでしょう。また、料理にも不可欠ですし、身体以外でも、水は掃除などによって様々なものを清めてくれます。
神仏への供物にも欠かせません。

『水』は人生そのものの全てを、担っているのです。清らかな水は特に強い力を秘めています。
元旦に、初めに汲む水は『若水』(わかみず)といって、一年の邪気を祓うとされています。

本来は井戸から汲むのが理想ですが、いまは水道水でも新しいミネラルウォーターの口を切ってあけても大丈夫です。ただし、どちらも口にする場合は、その土地のパワーが影響してくる事を忘れないように。『若水』に限らず、飲用する水はその水の土地のパワーの影響は非常に大きいのです。

ここで、肉体に力を与えたい時は、なるべく自分の故郷に近い『産土』(うぶすな)の水を用いると良いでしょう。
他の注意点は、出来るだけ新鮮なものを選ぶ事です。水は滞ると淀んで腐ってくるからです。

4.身体の中ではなく外の浄化


それは、入浴です。
入浴は心身ともにきれいに浄化してくれます。罪穢れを祓う禊ぎも海に入ったり水を被ったりしますが、これもまた、水の浄化力を利用している行為です。

お風呂に入った時に『ほっ』と、するのは当然と言えば当然だというのが分かって来たのではないでしょうか。水の力によって心身ともにすべてに浄められている結果なのです。

暑い日に涼しくする為の打ち水も、本来はお清めであり、祓いの行為だったのです。つまり、土地がもった穢れを祓ってくれるのです。身体、心、土地、道具、全てにおいて水は清め祓ってくれます。まさに『命の水』です。
日常的に行っている事でもあるように、非常に簡単な方法ですが、その影響はとても力強いのです。

 

 

鑑定料金へ

5.清め砂は神社や仏閣の介在が必要な特別な砂


お祓いアイテムとして、様々なものを紹介して来ました。
今までのお祓いアイテムは、一般的なものでも、簡単に手に入るものでも代用できました。
しかし、今日紹介する『砂』は、そうはいきません。
砂は砂でも、今回のように、お清めやお祓いに用いる砂は、神社仏閣のの介在が必要だからです。つまり、聖地のエネルギー、パワーが必要なのです。単なる砂では、清め祓いの役には立ちません。

■『清め砂』
現在は、『清め砂』というものが、主に神社で手に入ります。
社によって多少相違がありますが、使い方は簡単で、建物や敷地の四隅か八方位に撒きます。この『清め砂』はご祈祷済みの砂であると同時に、神社の砂だというところがポイントです。
この聖地の砂を撒いたところが、一般の土地にも広がって、その場所が清浄になるという理屈です。
家を建てる前に行う『地鎮祭』は『土祭り』と呼ばれている通り、氏神様へのご挨拶と同時に、土そのものを清める祭りです。氏神である神社のエネルギーや気をその土地に移し込む行為と言ってよいでしょう。
聖地の砂を撒く事は聖地のパワーをそのまま授かるようなもの。しかし、だからといって、無断で神社から、砂を持ち出す行為は逆に危険な行為です。
よく『ここの石は持ち帰らないように』なんて言葉を聞いたり、張り紙を見た事があると思います。富士山なども、昔は、靴の裏についた土でさえ、払い落として帰ったのです。
全国には同じ様な場所がたくさんあります。そういうところは、現在はパワースポットとして有名になっていたり、霊場として有名だったりと、エネルギーや気があふれている場所が多いのです。
持ち出してはいけない理由は、砂一粒でさえ、そこに存在するものはすべて神様のものであり、神様そのものが宿っているためです。
そもそも許可なく持っていってもいい事がないのは当然でしょう。後々、どんな障りがあるかもしれないので、注意したほうが良いでしょう。
神社で手に入る『清め砂』は、私たちの為に祈祷したものです。神の許した正当な砂という事なので、安全、かつ絶大な効果をもたらしてくれるのです。

6.土砂加持


神社の『清め砂』をお話ししましたが、仏教にもにたような砂が存在します。
『土砂加持(どしゃかじ)』という法会によって、祈祷された砂が『清め砂』と同じように聖なる砂として扱われます。
鎌倉時代に、華厳宗の明恵上人が清滝川の砂を加持した事で広まりました。
現在は真言宗に引き継がれている。
光明真言にて加持された土砂の力は『清め砂』よりも強く、土地の祓いだけにとどもらないのです。
『光明真言「おん おぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばらはらばりたや うん」を、百八編唱えて加持した砂を、屍や墓などあらゆるものう上に散ずれば、たとえその亡者が地獄に堕ちていても、罪報は除かれて極楽往生できる。』
と、言われています。
つまり、土砂を死体にかけると、生前に犯した罪祓われ、病人にかければあらゆる病気が治癒するとされています。
ほかには、死後硬直した死体に撒くと、死後硬直が解けるとまで言われています。
基本的に『加持土砂』は土砂加法会に参加した方のみに頒けられます。
一般的には手に入らないもので、すぐには入手できない砂ですが、わざわざ聖地まで足を運んで、法会に参加して頂く砂の功徳というのにはとても価値があるのです。
自分で手に入れた砂ならばなおさらのことでしょう。きっと効果も倍増するはずです。入手方法や用い方は頂いた寺社の指示に従ってください。

7.清められた砂の活用法


このように、清められた砂は、いろいろな事に活用できます。
自分の土地以外に、賃貸物件や旅先のホテルや職場にまいてもいいのです。気になる人は自分の関わる場所の多くに使うと良いでしょう。
砂というのは残るので、自分以外にもそこに訪れた人達にも影響を及ぼしますので、そこに来た人全てが気持ちよく過ごせる場所になってきます。
『清め砂』の使い方はまだあります。
撒いて使うのではなく、砂をそのまま携帯するという方法です。
お守りとしても使えますし、いざとなれば、塩や塗香のようにお祓いのアイテムとしても活用できます。

注意してほしいのは、この砂の力をむやみやたらと他人に使わない事です。自分の事でさえ本当に心配な事は、この道のプロや砂をもらって来た寺社に相談する事が大事です。
個人での祓いは、あくまでも素人が手に負える範囲でというのが鉄則です。
砂は大地の分身、一粒一粒に神や仏が宿っています。
聖なる存在だからこそ、その力は強く、そして恐ろしいと分かって下さい。
丁寧に心を込めて扱って、自分を守る道具として活用して下さい。

8.剣の祓いは大きな力


お祓いのアイテムのなかでも、特に大きな力を発揮するのが、剣や鋭利な武器。これは、そのままで魔を祓う武器になります。
昔から伝わる神楽で最初に行われる『剣祓』(けんばらい)という舞は、神が降りてくる場所を清める為に行う祓いの舞なのです。
他にも『九字護身法』(くじごしんぼう)などでは、九字を切るという方法で同じようにその場所を清める為に行います。
『臨兵闘者皆陣列在前』(りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん)という九字の呪文は有名ですが、この九字を切る時に行者は右手の指を刀印という形に結びます。
これも、刀印という字のごとく刀を象徴したもので、通称『九字きり』も剣を用いた祓いの一つと言えるでしょう。
剣、刀などの鋭利な武器は命を奪う性質をもっています。もちろん犯罪に用いたり実際に人を傷つけたりするのはもってのほかです。しかし、この性質は一つの力でもあります。この鋭利な武器が持った力は、見えない不浄を切り祓ってくれるのです。
世界的に見ても魔は金属類を嫌う特徴があります。銀の十字架や弾丸、銅の剣、これらは魔を祓うという要素を持ち合わせています。
剣などの武器とは関係ありませんが、金属類を身につけるだけでも魔よけの効果があるとも言われています。死者と一緒に剣を埋葬するもの一種の魔除けの為です。

 

 

鑑定料金へ

9.鍛冶場は神の降りる場所


実は、刀や剣を祓いの道具にする理由はそれだけではありません。昔から、鍛冶場は神様の降りる場所でした。神話では鍛治師は神様そのものでした。つまり神様が作り出した刀そのものも神様となるのです。
日本刀には八幡菩薩や不動明王などの文字や絵が掘られているものが存在しますが、まさに刀自体が神仏の化身である証拠ともいえます。
神社でも、剣を神として祀っている神社もあります。
剣や刀などの鋭利な武器は、切り裂く威力があり、魔が嫌う金属で出来ており、源に神様を宿しています。
その威力は半端ではありません。

10.形の似た物は代用できる


剣や刀等と同じく魔を祓う武器に『弓矢』があります。神社に行くと破魔矢、破魔弓がありますが、これもやはり魔を祓う物です。
これに関しては、今更説明しなくても良いくらいポピュラーな物ですね。このような武器は、魔除けとしての力が非常に強いのですが、実際に本物を手に入れることも、日常的に持ち歩くという事も非常に難しい物です。
しかし、以外にも日常的に普段使われているのです。場所によっては、尖った植物などを刃物に見立てて魔除けとして使っていたりもします。小さなものはお弁当などに使うと、食べ物に魔が入らず腐りにくいと言われています。
魔除けやお守りは、似た形の物は似た力を帯びていて、似た力を発揮すると言われています。余談ですが、呪いの藁人形も、人と似た形のものを人そのものとしてみなす事で成り立っています。
人と似た物は人の代わりになる、つまり剣に似た物は剣と似た力を帯びる。菖蒲の葉は端午の節句につきものですが同様です。
魔は、ハサミやペーパーナイフでさえ嫌うのです。

11.身近なものでお祓い効果


実際に先の尖ったものというのは、何かを寄せ付けない力を発している様に感じた事はないでしょうか。
面白い話ですが、嫌な相手と会話をしなければいけない時や、会議をしなければいけない時などはボールペンの先を相手に向けるだけで、相手の悪意等をくじいてしまう力あるとか・・・・
つまり、ボールペンが剣の代わりをしている訳です。ペンすらないときは指でも代用が可能です。夜道でふと怖くなったり、不安になったときは、人差し指を立てて歩くだけでも魔除けになると言われています。
私たちはすでに祓いの道具を身につけているのです。
特別な何かを持たなくとも、すでに人間には祓う力が備わっているのです。あとは祓う気持ちさえあれば、おびえる事もなくなるかもしれません。

12.攻撃的な祓いの剣の効果は注意が必要


しかし、注意をしなければいけないのは、この祓いの持った性質は攻撃的祓いであるという事。攻撃というのは、もともとは傷つける物です。
ですから、あまり度を越すと自分にはね返って来ます。
命を奪ったり、傷つけたり、殺したりするのではなく、活かす為に用いるのが、神様の宿った武器の本当の使い方です。強い武器は、それを使う人間の強い意志と、真実の目を持たなければなりません。
大いなる力には大いなる責任が伴います。
実際には、自分が亜邪悪に感じるもの、嫌だ思う事や、嫌いな物、嫌いな人も、冷静になれば以外と害のない物だと感じる事も多いのです。
まずは冷静になり、それでも必要なときは、現実をしっかり見つめ切り開いて下さい。
この祓いを使う為には、しっかりした心を持って初めて本当の神様の力として発揮するのです。


2万円(1件につき)

商売繁盛、合格祈願などのご祈願から、災いごとなどのお祓いまで、様々な祈りごとやお祓いなど承ります。


ご予約受付電話番号
TEL: 017-773-2295
受付時間 10:00~18:00