除霊というと、その霊魂が悪い霊魂だと決めつけているような言い方に思えると思います。
意味合いは、それで正しいのですが、これは霊魂をただただ悪い存在として排除するだけで、自分の人生にとっての解決策としてはあまり好ましくありません。

本来は、除霊をしたい霊魂にとっても、自分自身にとっても一番良いのは、供養するということです。
排除をするのではなく、供養することにより、自分にマイナスの影響を与えているものから、プラスに働く存在に変えるのです。
ただ排除するだけでは、また元に戻って来る可能性もあるので、こういう場合は、除霊や供養の前にその霊魂の鎮魂と浄化がとても大事なのです。

私自身も、単純な除霊ではなく、まずはその霊魂を鎮め浄化し供養という形をとり、相談者にも霊魂に対しても、どちらにも良い形をとります。
そもそも、霊魂が災いしているというのは、何かを伝えたいというのがほとんどなのです。
つまり、何かに助けを求めているので、その欲求を満たすことによって、その後は必要がなければ勝手に離れていきます、必要ならば、見方になって力を貸してくれるのです。

霊魂が影響して体調を崩された方もおられるかもしれません。だからといって、ただ除霊をすればよいというのではないということです。
霊魂は、あなたに危害を加えようとしているということではなく、いろいろな事情から霊魂がマイナスのエネルギーを帯びてしまっているだけかもしれません。
こういう場合は、日常的にも簡単にマイナスのエネルギーは取り払えます。
東日本大震災でボランティアに出掛けた人達が、体調を崩して寝込んでしまうということがあったそうです。治療をしても症状がよくならないので、お寺に行って祓ってもらったら、すぐに回復したそうです。
これは、お寺の和尚さんがマイナスのエネルギーを中和し、プラスのエネルギーを与えたのでしょう。

 

 

 

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1.単純な除霊よりも供養まですること


除霊という言葉が一人歩きして、いろいろな解釈をされてしまっています。
まるで映画のエクソシストのような悪魔払いを想像している人も多いと思います。
でも、私は除霊という言葉自体、あまり使いません。

それは、皆様が想像している除霊という行為ではないからです。
霊魂は、気付いて欲しいだけなのです。

排除して欲しいのではなく、本当は力になりたいと思っているのです。
霊魂は、なぜあなたを頼ってきたのか?
あなたにしか頼めないのかもしれません。

もしかしたら、あなたならどうにかしてくれると思っているのかもしれません。
どちらにしろ、何かの理由はあるはずです。

そのメッセージにどう答えるかで、その霊魂の行き場も決まってきます。
もちろん、その霊魂に助けを求められているあなたの人生にも関わってきます。

 

2.除霊より浄霊


皆さんが抱いている除霊とは少しイメージが違ったかもしれません。
文字で表すならば『除霊』よりも『浄霊』のほうが意味合い的には近いと思います。

この、除霊と浄霊は同じ意味合いで使われることが多いのですが、『除霊』は霊魂を除く事、『浄霊』は霊を浄化や供養する事です。
もし自分が霊魂の立場ならどちらがいいかは、一目瞭然です。

霊魂が憑いていると感じたり、誰かに言われたりしても、慌てず落ち着いて行動してください。
解決策はありますので、心配はいりません。

何事も心で接する事です。

 

3.もしも、幽霊が現れてしまったら


もしも、幽霊が現れ出逢ってしまったら、それはびっくりして、とても平静ではいられないかもしれません。
何か、自分は悪いことでもしたのでは?

いや、これから悪いことでも起こる予兆かも。

と、色々と悪いことを想像してしまうものです。

しかし、この世に体を成さない霊魂にとってメッセージを伝えるには、どうしてもこのような形にならざるを得ません。
何か気味が悪いと思う前に、冷静になってください。

たいがいは、あなたと関係のある人で何か伝えたい場合がほとんどです。
しかし、浮遊霊や地縛霊など、波長を合わせてはいけない霊魂もいますので注意は必要です。

4.幽霊とは、そう簡単に出るものでもなければ見えるものでもありません。


細かいことを言えば、幽霊が見える時の自分自身の状態も関わってくるのですが、幽霊というのは、元は人間。地縛霊を除けば、生前に深い関わりのあったところにしか現れないのが普通です。
つまり、ほとんどの人にとって、幽霊を見たり、出会ったりするのはという確率はとても低いはずなのです。
当然、見たり出会ったりしていなければ、何の問題もありませんが、幽霊を見た、とか出会った人は、その人が見た幽霊は、生前に深い関わりを持っていたということになります。
 
では、幽霊は何の為に現れるのでしょうか?
生前の「うらみつらみ」をはらすため?
それとも救いを求めるため?
それとも、恨みもあるが、救いも求めているという二つが絡んでいるケース?

 

 

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5.人は滅多なことでは幽霊にはなりません。


人は滅多なことでは幽霊にはなりません。
それが、幽霊になるということは、生前、よほどひどい仕打ちをされたのでしょう。
そのひどい仕打ちをしたのが、自分かもしれないなんてやましい気持ちが少しでもあれば、幽霊に出会ってもしょうがないなんて思うかもしれませんが、いい気持ちはしません。
 
幽霊が、現実世界に影響を与える力はほとんどない、と言ってもいいぐらい小さなものです。
それを理解していて、開き直れる人はいいかもしれませんが、そういう人はごく少数です。
普通は幽霊が見えることで、いろいろなことを考えてしまい、心が次第に弱って来てしまうものです。
しかも、その弱った心につけ込むように、頻繁に幽霊が出現し出会ってしまえば、更に心は弱まりどんどん『鬱』のような状態になり、精神を病む事態にもなりかねません。
そのときは、放っておかずにお寺や神社に行ったり、専門家に相談して下さい。

6.『お迎え』にくる幽霊


ただし、死に際に見える幽霊、つまり『お迎え』に来る人達は幽霊というよりは『死後の世界への案内人』という存在なので、恐れる必要はまったくありません。

昔から、有名な学者や芸術家のなかでも、しょっちゅう幽霊と会話をしていたと伝えられています。その人たちはその幽霊達から、色々な分野の情報を得ていたとも言われています。
この場合は『お迎え』に来ている訳ではなく、何かを伝えにきている幽霊達のメッセージを受け取れた人達なので、一般的にはほとんど起こりません。
ただお寺などの場所では、こういう話は多いようです。
 
一般的に『幽霊』というものは、そう簡単には出会わないのですが、もしも出会ってしまったら、しかも、その幽霊があなたに何らかの『うらみつらみ』を抱いている場合は、
あらためて『うらみつらみ』を買わないことです。
そして、除霊や浄霊、自分自身の浄化で対応して下さい。

7.祟るのは怨みを残して死んだ霊魂


昔は、怨みを残したまま死んだ人や、自分の死に方に納得していない場合は、祟ると考えられていました。
怨霊と言われるものです。
特定の個人だけではなく、国全体や国民全体にまで祟ると恐れられていました。
祟るのは怨みを残して死んだ霊魂です。
霊魂について語られる場合は、祟りと結びつけられることが非常に多いです。
プラスに作用する霊魂もたくさん存在しているのですが、霊魂という存在にたいしてはマイナスのイメージが多いようです。
霊魂が祟るという考え方の起源はとても古いのです。
人間は死ぬと、その霊魂が身体から抜け出して誰かを祟るのではないか、という発想が昔から存在しています。
縄文時代の埋葬方法では、遺体を縮めた埋葬方法をとっていますが、これも遺体から霊魂が抜け出さないようにするためではないか、という説があるくらいです。

8.生霊は死霊より恐ろしい


霊魂が祟るという場合、たいがいは死者の霊魂を指していますが、生霊という、生きている人の霊魂が身体を抜け出し誰かを祟るものもあります。

有名な話は、源氏物語に登場する『六条御息所』です。光源氏に恋い焦がれる六条御息所は、嫉妬のあまり、光源氏の正妻だった葵上に、生霊となって取り憑き、殺害してしまいます。
この話自体は作り物ですが、この時代にもこのようなことは多くあったようです。

そして、私達の霊能者のなかでも生霊は死霊よりも遥かに厄介だというのが常識です。
なかなか退散しないばかりか、その霊魂を除霊や浄化をする霊能者にかかる負担も、死霊よりもずっと重く、精神的にも肉体的にとても疲労困憊するのです。

 

 

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9.怨みをかっていなければ霊魂は祟らない


しかし、生霊にしても死霊にしても、自分に災いをもたらすのは、怨みを残して死んでいったか、現在怨みをかってしまっているかということです。

世の中にはたくさんの霊魂がうごめいていますが、祟るのは怨みをもっているかどうかということです。

ご先祖様の霊魂は子孫に対して怨みをもっていない時は、守護霊となって守ってくれています。
つまり、霊魂は必ず祟るのではなく、怨みが根底にあるということです。
死んだ霊魂は、生前の怨みを取り除けば良いだけなのですが、生霊は本人が生きている為に怨み自体も成長しかねないのが厄介なところなのです。
 
青森県むつ市にある恐山のイタコがある人をみた時の話です。
その人はリウマチで苦しんでおり、イタコに見てもらったら、犬の祟りだと言われたそうです。

祟りを逃れる為に、板に犬の絵を描いて川に流し、振り返らずに帰るように言われました。
その通りにしたらリウマチが回復したそうです。いわゆる『犬神憑き』の類の話です。

ある木を傷つけたり折ったりすると祟りがあるという話もあります。

また恐山のような霊場のものを持ち出すと祟りがあるという話もよく聞きます。

世の中には人も動物も植物も、こういう祟りの話はたくさんあるのです。
魂、想念が存在する命には霊魂が宿っています。その霊魂は人間に限らず怨みが祟りとなって現れるのです。
 
自分の周りに霊魂が居てもいいのです。たくさん居ても良いのです。
ただし、怨みをかっていないということが大事なのです。
怨みをかっていない霊魂は、無害か、もしくはあなたを守ってくれている霊魂なのです。

10.非業の死を迎えた霊魂は落ち着かない


非業の死、即ち、業因による寿命の終わらないうちに最期を迎えるたり、災難などで思いがけない死に方をした霊魂は、そう簡単に落ち着いてはくれません。

こういう場合の霊魂のマイナスのエネルギーが非常に大きいので、実に厄介な存在です。

安定していない霊魂は祟ってくるからです。

霊魂が祟るという文献もかなり昔から残っています。
今もなお、私たちの心の奥底には、そういった落ち着かない霊魂に対する恐怖が潜んでいます。

私たちの生活にとても深く入り込んでいる仏教ですが、それは習慣やしきたりだけという方が多く、信者や檀家というのは減っているのが実情です。

しかし、信者や檀家が増えているお寺もあるのです。
こういうお寺は、住職の方に特別な力があると思われているところです
もちろん、ここでいう特別な力というのは、安定していない霊魂を安定させる力ということです。

この力は、霊魂に悩まされて来た人にも、安定していなかった霊魂に対しても良い状態をもたらしてくれます。

 

11.供養より先に霊魂の鎮魂


非業の死を遂げた、彷徨える霊魂に成仏して頂くには、まずは鎮魂が必要です。

鎮魂とは、霊魂を鎮めること。
死者の霊魂を安定させる行為です。
ここで、よく勘違いされるのは、供養や回向です。

※回向(えこう)とは、法要を行い追善し、死者の霊魂にプラス方向のパワーを与え成仏させること。

鎮魂は、供養や回向とは、似て非なるものなのです。
 
順番で言えば、鎮魂が一番先、供養や回向はその後になります。
この逆はありません。
この順番には大きな意味があります。

なぜなら、落ち着いていない霊や、安定していない霊を供養しても、供養され霊魂はこの供養を受け入れる状態になっていないのです。

鎮魂が済まなければ、供養も回向も意味がないし、出来ないのです。
追善供養、追善回向という言葉があるように、、供養や回向は、鎮魂があって初めて成り立つのです。
しかも鎮魂が持つ意味は、供養や回向よりも大きいのです。

12.大きな力を持った霊魂の鎮魂には大きな力が必要


この霊魂の鎮魂は、いわゆる霊魂の浄化として最初に行いますが、もの凄く多くの精力を費やします。

これは、非業の死を遂げた霊魂の中には、自分が死んだことを知らない死者もいるからです。
霊魂の鎮魂、即ち、霊魂の浄化の第一歩は、その人に、あなたは死んでいると、ちゃんと教えてあげることです。
安定のしていない霊魂は、自分が死んだことも分かっていなければ、分かっていても深いところへと魂が沈んでしまっています。
深い海の底に沈んでいるようなもので、深ければ深いほど引き上げるのに力を必要とするのは当然のことなのです。
この霊魂を諭し、深い海の底から引き上げて上げて、いったんプラスマイナスゼロの状態にもっていければ、後はそう難しくはありません。供養や回向をして成仏させていけばいいのです。
 
マイナスの底に沈んだままの霊魂を鎮魂するのは、簡単ではありません。
心の底から祈り続けるという行為の他に、特別な力を持った人にお願いすることも必要です。


■除霊
料金はご相談内容により異なりますので、ご予約時にお問い合わせ下さいませ。

除霊は憑いている人数にもよります。その憑いている霊魂の状況や状態にもよります。
霊魂に関し亡くなっている霊魂の場合もあれば生霊の場合もございます。
そして、亡くなられている方の霊魂の死に方にもよってきます。
自然死、病死、事故死、自殺など様々な状況で変わってしまいます。
特に自殺の場合は時間も回数もかかってしまいます。


■浄霊
料金はご相談内容により異なりますので、ご予約時にお問い合わせ下さいませ。

浄霊は霊魂の浄化ですので、先祖供養に近い物がありますが、除霊や供養をする前に浄化が必要な場合に行います。


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