プロローグ ~この道へ入るまで~

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小さな橋

 

 

昭和56年は私にとって生涯忘れることの出来ない年となりました。

 

この年から『神さま』に仕える為に必要な修業が始まり、その修業を経て、私は今こうして『神さま』の心を人に伝えることが出来るようになったのです。

 

1.修業の始まり ~なぜか心が満たされていた~

 

私は化粧品のセールスを経て、喫茶店を経営していましたが、生活は楽ではありませんでした。日々の生活に追われる中、次々と試練が舞い込んで来ましたのは、昭和56年の事でした。

 

生活を支える為に自然と睡眠時間は削られていましたが、34歳の3月頃から、ほんの一口の食事が、喉を通らなくなっても満腹で空腹を感じず、又小さじ一杯ほどの水でも飲んだようになっていました。

 

更に一睡もしなくとも良くなっていました。
欲の無い世界の扉を開けてしまったのでしょうか?

 

様々な人間模様は、テレビを見ているような感覚となり、私を諸々から惑わす事が無くなったのです。
日に日に温かい心が湧いてきて、寛容な世界の中に浸る事が出来ました。
この事が修業の始まりなのだと、その時まだ気付いていない私でした。

 

2.修業は続く ~さらなる悟り~

 

更に、食べずとも満腹感があり、眠らずともぐっすりと眠ったような感覚となっていきました。

 

一滴の水さえも、コップ一杯の水を飲んだように、身体は潤っていました。
心は安らかさで満たされていましたので、この世にいながらにして、このような感覚を味わえることに、毎日が感動でいっぱいでした。

 

私の行動は、自分の意思とは関係なく、何かに押し出されているように突き動かされておりました。
『神さま』のご意思であると悟ったのです。
この感覚は3ヶ月間続きました。

 

仕事や家事は普通にこなしておりましたので、周囲の人達も不思議に思っておりませんでした。

 

しかし、次第に私の行動が異常に見えていたのでしょう。
私は自由を奪われ、監視される日々を送ったのです。
『神さま』に導かれている事に気が付いていた私は、自由を奪われたことを心から悲しみました。

 

3.光に導かれて ~無とは~

 

修業が3ヶ月経った頃、私にはまばゆい光が降りてきました。
そのまばゆさは、とても強力でした。
その光を受ける時に、心の受け止め方を学ばさせて頂きました。

 

光の中は、暑くも寒くもなく、また痛いも痒いもなく、ただただ豊かな心が湧いてきた、寛容な光だったのです。
まさに無という言葉にふさわしいものでした。

 

その時、私は悟ったのです。

 

無というのは
無を司るのではなく
無は無として気にかけることでも思うことでもない
無が無であるためには
無と考え込むことはなく
自然なままにあるがままに
自分の心があればよい
その心こそが無であるからこそ
宇宙の無を私はからだ全体に
感じとったのである

 

4.私の中に『神さま』が宿った ~心は感謝でいっぱいに~

 

光は、私をめがけて帯状に、天空より降りてきました。
私の中に『神さま』が宿った瞬間でした。

 

天気が良い日の出来事でしたので、大きな太陽が二つ有るようでした。
一つは太陽として輝き、もう一つは、帯状の光を私に降り注いできたのです。
それは、無の感覚を自然体でつかみとった時の不思議であったと分かりました。

 

『飲まず、食べず、寝ず』の修業を出来たことの喜びにあふれ、『神さまに、ありがとうございました。ありがとうございました、ありがとうございました』と、心より頭を下げました。
涙が止めどなく溢れたことを、昨日のことのように覚えています。

 

5.私の幸せ ~不思議な体験を経て~

 

この不思議な体験の後から、『霊魂』と対話をする能力を授けられ、皆様を『幸せへと導くお手伝い』が出来るようになりました。
微力ですが、皆様に幸せの道案内をさせて頂き、皆様の満たされた笑顔を拝見することが、私の幸せとなりました。

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