過呼吸を起こしていた子どもを透視、その後たびたびの浄化で今では教える立場に

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1.原因不明の呼吸困難

 

 

昭和六十二年の秋でした。若くてういういしい娘さんと、そのお父さんが訪ねてきました。

 

とても元気そうに見える娘さんでしたが、最初から最後まで黙っていました。

 

 

お父さんに尋ねると、『この子はたびたび呼吸が困難になりまして、病院もあちこち行ったのですが原因がつかめないのです。

 

何人もの霊能者のところも訪ねましたが、やはり何の手がかりもないまま何年か過ごして参りました。』と、心配そうに言うのです。

 

早速、この娘さんを浄化しようと透視をしましたら、檻の中にでも入れられたかのように、小さくなってうずくまっている姿が見えたのです。

 

これは、親や学校などの身近な人から傷つけられないと見えない光景であることは、わかっておりました。

 

そこで、娘さんを浄化しながら、お父さんと、そのときは一緒に来られなかったお母さんの心の内も見させてもらいました。

 

この時私は、『親が悪い!』と、言い切ってしまったのを覚えています。

 

そしてこの言葉を聞いた娘さんは、急にわんわんと泣きじゃくったのです。

 

『助けてもらえる、自分の心をわかってくれる、我慢しなくてもいいんだ』と、思って泣いたのでした。

 

 

2.厳しすぎる親が子どもを押さえつけていた

 

 

幼少より体が弱く、心が優しすぎた娘さんは、中学のころから過呼吸を頻繁に繰り返すようになっていました。

 

これはご両親が『あれはしてはいけない、これはしてはいけない、こうでなきゃいけない』など、まるで人形にものを言うように口うるさく言い過ぎていたのが原因でした。

 

あまりにも言われすぎたせいで、感情を抑え、自分を見失い、過呼吸を患っていたのでした。

 

その後はひとりで訪ねてこられるようになり、二十一歳で大学に入学するようになるまでには、自分のことはすべてひとりで出来るくらい、強い心の持ち主になったのです。

 

度々の浄化によって、檻の中に入ってしまった自分の心を自由に解き放っていったのです。

 

大学を卒業後は、イギリス留学や大学院への進学も果たし、教授から『通信大学を新しくつくるので手伝ってほしい』と誘われたのです。

 

平成十四年に三十三歳で、大学院を卒業し、そのまま通信学科の担当として就職しました。

 

今では全国を飛び回り、大学と生徒さんたちのために頑張っています。

 

初めて私のところの来たときの、過呼吸を患っていたおとなしい女の子の姿はもうどこにもありません。

 

自分で生きていける人生を手に入れ、毎日充実した日々を送っています。

 

現在は職場で役職もつき、バリバリのキャリアウーマンとなり、ますます活発に前進しています。

 

また、弁舌がたつ為に書物を作る上での上司との論文の掛け合い方や本や冊子を作る上での構成にも携わり、今ではこの方は職場ではなくてはならない存在となっております。

 

苦労はあっても今は立派な成功者となっております。

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